#author("2026-04-29T07:14:47+09:00","","") #author("2026-04-29T07:25:52+09:00","","") [[新・賭博師たちの夜/行徳の伊東さん]] *パチンコ亀やん戦闘記 [#de14640a] 長年、亜細亜、イスラエルを放浪し、最後は日本に強制送還、羽田をパジャマ姿で降りてきた亀やん、日本で始めた仕事はパチプロであった 長年、亜細亜、イスラエルを放浪し、最後は日本に強制送還、羽田をパジャマ姿で降りてきた亀やん、日本で始めた仕事は売文業とパチプロであった #ref(s0.jpg) #br ---- 2026/04/23 TIES((このパチンコ屋は底地に武家屋敷がありました。それを発掘調査、その後埋め戻して建てられました。隣接地に医院がありますが、パチンコ屋が出来た後、建てられたものです。逆なら風営法でできませんでした。)) 冬のソナタ 300円→4,000円 いきなり((確変:確変(確率変動)とは、パチンコにおいて通常時よりも大当り確率が大幅に上昇する「確率変動」状態のことです。この状態になると、高確率で次回の連チャンが期待でき、多くの出玉を獲得しやすくなるため、パチンコ遊戯における最大のチャンスゾーンとなります。))確変 #ref(s2.jpg) #br &shiftnote(nohr); ---- 中村玉緒はパチンコファン #ref(s6.jpg) #br 中村 玉緒(なかむら たまお、1939年〈昭和14年〉7月12日 - ) 女優・タレント。本名(旧姓)および旧芸名は林 玉緒(はやし たまお)、結婚後の本名は奥村 玉緒(おくむら たまお)。愛称は「玉緒さん」「お母さん」。 ---- 1990 渋谷宮益坂でよくすれ違いました #ref(s.jpg) #br 宮路 年雄(みやじ としお、1928年8月20日 - 1998年5月9日)69歳。実業家。信光電機有限会社の代表取締役社長として家電量販店「城南電機」を経営した。 阪和電機を設立するが倒産する。その後パチンコやスマートボールの台を製作する事業を営むが失敗する。 宮路の死後に子息が急遽会社を継ぐが、仕入れ業務は宮路の個人業務で引き継がれておらず、宮路の死去で仕入れ用現金が遺産として凍結されて、現金一括即払いで安価に仕入ていた城南電機部門の事業が成立せず、同部門の現金収入を当てにしていた取引先が相次いで城南電機と取引を止め、死去から1か月後の6月15日に全店舗を閉鎖し、創業約37年で廃業した。 ---- 1971 サブ(のモデル)は友達だった 業界の勉強になりました #ref(s4.jpg) #br 釘師のサブやんが、美球一心や北海の無法虎などのパチプロたちと対戦。ときにはパチプロとの友情を芽生えさせながら、成長していく姿を描く。パチンコ業界に対する描写が、フィクションも交えて詳細かつ丁寧で、当時の業界の実態を描きだしている。 正式名称: 釘師サブやん 原作:牛次郎((牛次郎:牛 次郎(ぎゅう じろう)1940年〈昭和15年〉5月19日 - )(&age(1940,5,19);85歳)漫画原作者・僧侶・小説家・作曲家・建築家。東京市浅草区出身。都立上野高校中退(学費未納)。父:海軍特務機関勤務。小説「リリーちゃんとお幸せに」で第8回野性時代新人文学賞受賞。1985年、東京都建築協会優秀賞受賞。2018年現在、願行寺の管長兼住職。『ゆれ動心に渇』『生と死の般若心経』『生と死の観音経』など、仏教に関する著書も多い。)) &shiftnote(nohr); *Add [#f70af6f3] 1987 吹雪の北小金時代からサブやん活躍 パチプロといわれていた ↓【この道に入った理由】これが北小金駅前パチ屋みゆき会館(キャバレーベルゴット隣)の景品でどうしても入手したくて、1週間かよいました(倒産エレックレコード、他のところでは入手できませんでした) 大日本印刷で徹夜バイト、明け方、5,000円の日払い、まんま、高田馬場のパチンコ屋 勝てばワイン買って下宿に帰る日常でした。もちろんパチ店員への接待も忘れませんでした。 #ref(s5.jpg) #br