新・賭博師たちの夜/ヨットと少年

タヌキの勝手でしょ

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今は昔、八幡村村史に曰く

小高い丘陵に囲まれた八幡城の中央、広大な中の庭

長老の狸は、明け方、長径30尺の平原を全速横断し、方丈庵の出っ張りで洗顔する余と彼岸此岸で出会った

代官、村長(むらおさ)依頼の富籤の発行発売の雑事で夜を明かしたところである

当たりのない富籤をつくらされ、心底懺悔、後悔の念で疲れ切っていた

主催八幡宮を使った代官、村長(むらおさ)の悪巧みは、自分たち、胴元だけが儲かる仕掛けだった

余はもう一度罪を拭い堕とせるように顔に水をたらふくかぶせた

腰に緋を纏った村から選別された未通女娘(おぼこむすめ)たちが、諸国から飲み水を取りに来る戦士たちに備えて、国府の河に水汲みで降り下ろうとしている

そうとも、この八幡城は諸国の水を(つかさど)る番所なのだ

余を見もせず年老いた八幡狸は前方を走り、北の黒松の裾にかけこみ一息入れている

過日、余はあまりの被害に絶望、観念、祈願の境地に陥り

黒松の陰から瞬時こちらに見参した佐州狸に直接嘆願を決意していた

余曰く

「余人の子供を食い散らかさず、出来れば、部落の変死体やら合戦で出る百姓どもの遺体を事後10年、餌としてそちらに都度差し出す故、これで勘弁ならぬか」

長老狸は義理立てするようにしばし、松の木の先端から視線をこちらに変えた

濁った大きな黒眼である

しばしの沈黙が流れ、雲を抜け出た太陽が長老の背骨を照らす

「無用なり、貴様等同様、我ら一族も生きるためにやっていることだ」

余が呆然と次の言葉を探し尋ねている間に

堅い毛の先端が黒光りのする佐州狸は黒松の陰から消えた

しばし、気と心を整え黒松の裾に近づくと首のない血だらけの代官の乳児が稲藁と糞にまみれてころがっている

村中、大騒ぎをさせ、偽の富籤で小銭を巻き上げられたばかりの百姓が、野なり山なり総動員で稚児をさがしまわされていた

婢妾(ひしょう)の生んだ子供であっため、本妻が隠したに違いないと本家、妾宅に死人が出る始末である

南天の赤い実がかいま見える糞塚も形成されている

彼らが群れをなして住み着いていることか判る

獲物は子らの待つ住処に持ち去るはずなのに何故、長老狸が、遺骸を余の目に触れさせたのだろうか

とうやら、彼らの獣道に誘い込まれたようである

早暁、矢のような光る目が竹林の隙間から点々と除く

余は自分の運命を知るべきだろう

事後、村人はその黒松を稚児松(ちごまつ)と呼ぶようになった

メモ


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