2026/04/23 TIES*1 冬のソナタ
300円→4,000円 いきなり*2確変
中村玉緒はパチンコファン
1990 渋谷宮益坂でよくすれ違いました
宮路 年雄(みやじ としお、1928年8月20日 - 1998年5月9日)69歳。実業家。信光電機有限会社の代表取締役社長として家電量販店「城南電機」を経営した。
阪和電機を設立するが倒産する。その後パチンコやスマートボールの台を製作する事業を営むが失敗する。
宮路の死後に子息が急遽会社を継ぐが、仕入れ業務は宮路の個人業務で引き継がれておらず、宮路の死去で仕入れ用現金が遺産として凍結されて、現金一括即払いで安価に仕入ていた城南電機部門の事業が成立せず、同部門の現金収入を当てにしていた取引先が相次いで城南電機と取引を止め、死去から1か月後の6月15日に全店舗を閉鎖し、創業約37年で廃業した。
1971 サブ(のモデル)は友達だった 業界の勉強になりました
釘師のサブやんが、美球一心や北海の無法虎などのパチプロたちと対戦。ときにはパチプロとの友情を芽生えさせながら、成長していく姿を描く。パチンコ業界に対する描写が、フィクションも交えて詳細かつ丁寧で、当時の業界の実態を描きだしている。
正式名称: 釘師サブやん 原作:牛次郎*3
1987 吹雪の北小金時代からサブやん活躍
パチプロといわれていた
↓【この道に入った理由】これが北小金駅前パチ屋ベルゴットの景品でどうしても入手したくて、1週間かよいました(倒産エレックレコード、他では入手できませんでした)
大日本印刷で徹夜バイト、明け方、5,000円の日払い、まんま、高田馬場のパチンコ屋 勝てばワイン買って下宿に帰る日常でした。もちろんパチ店員への接待も忘れませんでした。